Epilogue(1)

 










かべに線を引く 端から端へ
まっすぐ一本引き終えた
線の上に芽のような棘が生えている
棘をいっぽんいっぽんていねいにぬく
いくら気をつけても、ゆびに棘がささってしまう
それはその日をわいざつに、
生活らしくするただひとつのできごと
わずかな休息
夜、いちにちかけてぬいた棘を皿にもって
日にたった一度の食事をする
のどに棘がささると
きゃっきゃとひとりでさわぐ
いつも棘をもる皿に
ももがのっている
だれが置いたのか、わからない
その日は線も引かないで
ただももをみている
こんなできごとは、めったにない
夜、わたしが黙とうしているわずかの間に
ももが消える

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病 気



これからわたしは叔母の葬式に行く
わたしが病気だったときに無関心だった叔母
ほかの叔母たちがいじのわるい小言をいうときだけ
いっしょにさわいだ叔母
わたしの病気があおいまま、まだ
ぶらさがっているあの木の下を通って行く
わたしの病気が鳥になって飛んでゆくゆめを
なんどもくりかえしみる

鳥はうっすらとぬれていて
みょうがの葉の匂いがしている
木の下に群生するみょうががざわめく
いく重にも交差してわたしがざわめく

食い女がやまもりの蕎麦をつゆもつけずに食いつづけているだろう
泣き女が下手な泣きまねしてるだろう
わたしが行ったら
世話やき女がとつぜん足を出して
わたしはころぶだろう
そのひょうしに古井戸へ落ちるだろう
井戸の中から
病気が鳥になって飛ぼうとしているのを見るだろう

だんだんぼけがひどくなるということを、
何年も前からきいている
あの叔母に、もうどのくらい会ってないだろう
こうでんのこともお花のことも気にしいしい
これからわたしは叔母の葬式に行く

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電線



くすぐったいとおもったら
わたしの中へ電線を引いている
あっちこっちへ引いてから
でんきをつけたり消したり試している

よしっという声がして
スイッチを押す音がして
やみになる

いじられていたあたりを
押してみる

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空から
わっかになったなわがおりている

首をつる
首をつって
それからどうしたのか
空をむいて
なわを見ている

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湯舟に
白いとかげがいる

河を
どのくらい深く泳いだのだろう

湯舟に
わたしがいる

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自縛



くらやみが
ろうそくのようなものを飼っている
いつまでそんなことしているから
そんなものになっちゃうんだよ
いくらいってもくらやみは
それをだいじにしている

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いく重にも波がおしよせてくる わたしはあるかぎりの魚群になって むこうへおしよせる いくらおしよせても 海にとどかない

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朝食



口を吸う
魚の匂いを吸う
ひれが口にあたる
ひれに海草がひっかかっている
風にゆれている
目だまと目があう
目だまの沖の船がわたしを通過する
まえにもあったよね、こんなこと
おたがいになみだをながす
風がつよくなる
海草がからみつく
目だまをのぞいても
もうまっくらでなにもみえない
さっきの船がうずまきながら遠ざかる
口を吸う
魚の匂いを吸う
それではたりないで
海ごと飲みほす

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視野



目からうろこが落ちそうで
なかなか落ちない
目医者は、どうしようもないという
むりにはがすのは
生爪をはがすより痛いそうだ
それより、ぜったい命も落すという
もとどおりになおすのはときくと
うろこがよけい重荷になる
それより顔がひんまがるという
と話しているあいだも
うろこがぺがぺが目を打つので
神経にひびく
目からうろこが落ちたら
そしたらきっと、と
あれこれ胸をときめかせたこともあったのに
こんな中途はんぱで
いっそ、目のうろこなんぞに気がつかなければよかった
どうしたらいいんでしょう
どうしようもありません

これは病気ではないといわれて
保険はきかなかった
高いおかね払って
落ちそで落ちない目のうろこをぺがぺがさせて
うつむいて
早足に
家へ帰るところだ

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水の中



わたしの上を並行して
さくらもようの紗のきものが飛んでいく
上ったら
からだをきれいにふいて
あれを着るんだ
と思いながら
わたしが流されていく

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山羊のにおいのするほし草をつめた箱を
持っている
その中に
わたしの天才線がいっぽんまぎれこんでいるから

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休日



休みの日には
顔ごとよそいきのものみんなぬいで
玄関につるす
こうして陽にあてないと
病気になってしまうからだ
休みの日くらい
からだぜんぶ、ありったけ休みたいと思いながら
よそいきの顔は
ぶすっとして
ゆれている

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いたいあし



拘泥をかめに入れて
いたの上のいたいあし
いたたまれないいたましさ
あんたがわるいんだよ
あんなに言ったのに
きかないでのぞきこむから
さかさにずるずる落ちていく
あとからあとから落ちていく
からまってしまって
こんがらがってしまって
かめがごおーんごおーん鳴りやまず
とめどなく流れだすドメス的騒音

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無題 (1)



水に乗って流れているわたし
の上を並行して
さくらもようの紗の衣がとんでいる
むこうへついたら
からだをきれいにふいてあれを着るんだ
そうおもいながら
わたしは流れている

──「水の中」改稿──

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無題 (2)



休みの日には
顔ごとよそ行きのものみんなぬいで
庭先につるしておく
こんなことして
じぶんをいじめているわけではないのだけど
日にあてないと病気になってしまうからだ
休みの日ぐらいありったけ休みたいのに
よそいきのものみんなぬいでも
思いきり声はりあげて泣くこともできない

──「休日」改稿──

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無題 (3)



たまにはどこかへ行きたい
たまには思いっ切りあそびたい
そうさわぎながら押しよせてくるものが
ドアの前で混雑している

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無題 (4)



「忘れ物」と札を張ったガラス箱の中にいる
わたしの方は何も忘れたわけではないので
いくらわたしは忘れられているんだと思っても
外の視線が気になってしまう
忘れられる先にこっちが早く忘れてしまっていればよかった
と悔みながら
きちんとして緊張している
忘れなければ忘れなければと思いながら
今の自分の姿が気になってしかたない

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無題 (5)



きらきら笛の音のようなうすみどり色の生れたてのかえるが
鏡に映っているわたしの手の上にいる
わたしはそんなものを持っていないのに
鏡に映っているわたしの手の上にだけいる
あれはわたしの何だろう
わたしがちっとでも動くと
そのかえるはいっそうきらきらして
いまにも心の奥まで沁みるような笛の音が鳴りだしそうだ

※ 1行目「生りたて」を「生れたて」に訂正。(2003.12.24)

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たまごの家出



なんど やっても
まだ 巣の中にいる
たまごの家出
からをやぶってからに
して みたら

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パジャマをたたむ



パジャマを たたむ
ゆうべ わたしが
入っていたとおりに
ほら ここに右手
この手で
ゆんべのゆめと おなじに
窓をあけるのよ

ずぼんを たたむ
まず この右あしを
窓にかけて
それから この左あしも
そして とびおりれば
そこは もう
あの こうえんなのよ
ゆんべの
みどりの馬が
待っているのよ

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花火



花火になって
あんなに大きくあがっているわたしを
こうえんのぶらんこにのって
見ているわたしが いる
わたしは いつだって
ほしいだけの わたしを
もっている

むこうには
花火のわたしを 映そうと
池になっているわたしもいる

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ひとり



雨が ひとりで
ふっている
まだ 午前中なのに
雨が
ひとりで ふっている

わたしが 学校を
やすんでいる
きょうは 月よう日なのに
わたし ひとり
やすんでいる

雨が 学校のほうへ
ふっている
わたしが ガラス窓のこっちから
学校のほうへ
背のびしている

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ともだち



猟師になったやつらが
ぼくをねらっている
その中に、ひとり
ぼくのともだちだったやつがいる
ほんとは、いまここで
ぼくのとなりで、ぼくと
手をきつくにぎりあっているはずだったやつ
あんなやつらなんか、気にすることないよ
ぼくたちの方がヒーローなんだからね
と、ぼくに言っていたやつ
だ!ん・・・と、にぶい音がした
あいつの銃が暴発したらしい
(この音だけで、あいつの銃だとわかるほど、ぼく
たちは仲がよかったのだ)
たまは  
あいつ自身にあたったらしい

猟師になったやつらが
あいつを縄でしばって、引きずって行った
いい獲物だと、うれしそうにはなしながら
帰って行った

とつぜん
ぼくの胸も痛んだ
暴発したたまは
ぼくにもあたっていたのだ

ぼくは、うずくまりながら
あいつの名前をよびつづけている自分を
ぼんやり
見つめている

詩誌「リゲル」第8号(1998.12)所載

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「皿」 「病気」『詩学』 1998年 11月号所載

「電線 」「空 」「影 」「自縛 」「朝 」「朝食」『詩学』 1996年 10月号所載

「視野 」「水の中 」「箱 」「休日 」「いたいあし」 ─ 1999.2.10~2.23 ─

「たまごの家出」「パジャマをたたむ 」「花火 」「ひとり」4篇は、詩・童話誌「山猫倶楽部」
1号(1994.8)所載作を改稿したもの。

「ともだち 」詩誌「リゲル」第8号(1998.12)所載