Endless

 








結界



ぶきみにそうぞうしいので目がさめた
そういえばねる前に
赤えんぴつでぐるっと線を引いて
この中だけがわたしの場所ときめてねた気がする
線の外の闇が濃くふくらんで押しかぶさってくる
闇はますます濃くなって
とうとうはち切れた
線のすき間から中へ流れこんでくる
おんおんおんおん泣いている
おんおんおんおん四方から泣く声にかこまれてしまって
身うごきができない
とうとうわたしがはち切れた
しーん、と
闇の中で
わたしだけがいる
赤えんぴつで線など引かなかったのだ
あたしの部屋の中にわたしがいるだけだ
はじめからずっと静かだったのだ
なにもなかったのだ

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首枷



そんなことしちゃいけないと思いながら
足がだんだんそっちへ行ってしまう
ただのぞきこむだけだからと思いながら
ついつい首をつっこんで
とうとう首がぬけなくなってしまうのだ
みんながおもしろそうにのぞきこむものだから
つい、
なのに、中では
わたしのわるくちがうずまいている
よくもこんなにこまごまと集めたものだと
あっけにとられている
もう首はぬけない
この首がもぎれ落ちるまで
落ちた首があのうずまきの腹を満たすまで
このままわたしはわたしのわるくちをきいているのだろう

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………



(………のような行列になってあんたの家へ行く
もうこうするしかないと思っている
………は
無言の抗議と思われてもかまわない
なぐり込みと思われてもしかたない
ひとりでこんな行列を組んでしまうのは
まだ何も終っていないという事なのだろうと思う
日が沈む前に着きたいと思っている
そんなわたしをぎゅっとかかえて)
わたしはいまおそい昼食を食べている
あんたとはもう幾十年も会ってもいない
行方も知らない
めったに思い出しもしない
のに、ときに
とつぜんこういうふうになってしまうのだ
しかもこんなふうに食事中などに
きっと終ることはないのだろう

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居直り



土間にござを敷いて座って居直っているわたしを
見ている
こうして見るとその居直りの姿が
いちばんいいように思える
じーっと見ていると
ぼさっとつっ立って何しているんだ、と
居直ってるわたしがこっちむいてそう言う

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混沌



耳の階段を下りていく水音
遠くなるほど強く響いてくる
むき出しになっていくわたしの中の混沌
(鰭が変化するときめきの記憶
角が生え変る痛みの記憶
たてがみをなでられている記憶)
わたしの井戸まではけっしてとどかない
耳の階段を下りていく水音が
止まない

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ひとむしろぐるっとまわれば闇
ふたむしろみむしろ
闇はだんだん濃くなる
いつの世のわたしなんだえ? むつ言聞く耳
だまし耳
ななたびだまされて8月の
世界の水音
遠くの方にあるという井戸

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話だけど



へびになるれんしゅうをする
苦痛のなかであんたのこと思っている
へびになれたら窓にからみつき柱にからみつき
もしまだあんたがいたらの話だけど
あんたにからみつき
いろんなものにからみつき
いろんなことがあったりして
さいごにまだわたしにうろこが一枚残っていたら
あんたにあげる
もしまだあんたがいたらの話だけど

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バジル



「バジルにミルクをかけると、とろんととける
デザートに食べるとやせる
おやつに食べると脂肪になる」
と書いた紙片がでてきた
バジルになるのもわるくないなと思っているだろ
手にはいあがってきた蟻に言われた

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目鏡



目鏡と書いてめがねとよむことぐらい
知っていたはずなのに
なにかのはずみで
めかがみとよんでしまった

目だけが鏡に映っている
鼻も耳も口も姿が見えないで
どこまでもどこまでも
目が
目を見つづけている

* 註:めがねは、「眼鏡」のほか (俗に)「目鏡」とも書く。

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水嵩



わたしの水嵩が増している
じぶんにおぼれはじめる
左の目が流れる
左の目が見ていたわたしの涯を詰め込んだまま
左の目は遠くへ行ってしまった
もうみえない
右の目も
はがれそうで痛い
わたしの水嵩は増しつづけていて
そういうなかで
流れられないわたしが
だんだん重たくなる

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つくし



たかとうの家の前を通ると
庭いっぱいにつくしが生えている
そのまん中に
せいすけがいる
せいすけはそれなりにきちんと年をとったようだ
せいすけはしらが頭をふりながら
つくしといっしょに
風に吹かれている

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木霊



不器用に少女の姿で
木霊が向こうから来る
うつむいて歩いて来る
とうとう自分と目を合わせたことのないままだった
おく病なままだった
どうしていつまでも消さないのだ
どうしていつまでも消さないのだ
ぶつぶつ、よく聞けばそう言っているのだ
近づけばだんだんわたしが痛い
木霊も痛いのだろう
近づけばだんだん
交差はできない
ぶつかって
どっちかが壊れるほかないだろう
近づけばだんだんわたしの痛みは増してくる
近づけばだんだん木霊の痛みまでひびいてくる

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さんぽ



月夜なので
ふかしいもをかじりかじりさんぽに出たら
他にだれもいない街の向こうから犬が一匹来た
いもを半分なげてやったらにおいをかいだだけで
通りすぎようとした、とき
左の路地から人が来て、犬をなでた
犬はうれしそうにしっぽをふりながら
その人にまつわりついている、と
犬が来た方から女が駆けて来た
その女がたぶん犬の飼主なのだろう
犬をなでた人に向かって何かわめいている
犬はなでてくれた人にすりよってはなれない
犬とその人は一声も発しないままよりそっている
その場面の中に
わたしは入っていないので
いもをかじりかじりさんぽをつづけた
そしてこのさんぽのあいだ中
とうとうわたしの場面は無いままだった

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食物



肉はきれいに喰ってやったのに
骨まできれいになめてやったのに
骨がまだ皿の上にある
新しい刃物のようにある
けっして喰えない骨
けっしてくさらない骨
この骨があるかぎり
わたしに新しい食物が
皿の上にのることはない

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そういう病気



(首と身体のつなぎ目にあるまるい骨が
うっすらと透明になっていく
からだ全体がゆるゆるゆるんでいく
両手両足それから首をそれぞれ
鬼が一匹づつ持ち上げている
その五匹のあんたら
ぎゅうっ、と引っぱれ
そして一気にはなせ
わたしのからだはみんな
まん中のまるい骨の方へ寄っていく
わたしは透明なお菓子のぷるぷるになる
お菓子のぷるぷるになりながら
わたしを入れる器がほしいと思う
むかし家にあったような
みずいろの彫のあるギヤマンの器がいいなと思う)
のは、つまり
その骨のあたりの痛みにじっと耐えて
いま、やっとそれが引いていくところなのです

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石の卵



わたしは歩いていたら、いつのまにか
青味がかった卵形の石になっている
生き会う人に
なんではだかなのときかれるので
だってもうこんなだからと言う
えん日に出くわして
見てあるいてると
なんにもほしくないのときかれるので
だってもうわたし石の卵だもんと答える
わたしの家のある方へ
いくら行っても
知らない街だ
わたしが気がつかなかっただけで
ほんとはずいぶん年月がたってしまったのだろう
このまま歩きつづけていればすりへって
わたしはいなくなるだろう
でもなんだか少しはらがへっている気がする
泣きたい気がする
でももう石の卵だもん
石の卵である以外なにもできない

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残像



わたしのまわりを人々が
ぐるぐるまわっている
まわられながら
わたしはだんだん空白になっていく

わたしの空白を
わたしの恐怖が薄く縁どっている
まだまわりをまわられている

わたしの空白が破裂する

いまわたしは
輪の一人になって
ぐるぐるまわっている
中に
わたしの残像が
しみのように残っている

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歯 痛



歯のあいだから
こどもが生まれようとしている
びん止めでほじくり出そうとすると
ひっこむ
痛みがつづく
ただの歯痛なのだ
またもがきはじめた
ほんとに生まれてしまったらどうしよう
だまってさえいればわかりはしない
まともなこどもではないのだ
おたがいに大変なだけだ
まだもがいている
つっつけばひっこんでしまうだろう
じっとがまんしている
生まれる恐怖は
死の恐怖なんかとくらべられない程のものなはずだ
だからおぼえていない
そのうちおまえは死産でぽろっと
なにかの食いかすの形で出て来るだろう
ただの歯痛なのだ

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皿に



皿になって
ちゃぶ台の上に
ある

皿の上の一匹の魚
に向って正座してから
ゆっくりその一匹を喰う
魚はわたしの一部になるだろう
その魚の思いが
わたしを海へつれていく
海の中で
わたしに向って納得してから
わたしを喰うものがあるだろう
そのようにわたしは海へあこがれている

皿になったわたしの上に
まだ魚はない

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捩子



みんなで食事をしているとき
何かの拍子ですっ、とわたしの捩子がゆるんだ
まわりの人数が増えている
知っているはずなのにだれなのか思い出せない一人の人を中心に
みんなうれしそうにさわぎながら食べている
捩子が少しゆるんだなと思いながら
わたしは気にしてないふりして食べている
いくら食べてもわたしのちゃわんのごはんは
減らない
すっ、ともいちど捩子がゆるんだ
がたがたわたしの何かが鳴っている
ああこれはあの人だと思い出した
早く食べちゃえば
とその人はわたしに言った
ここの捩子、ちょっと締めてくれないとたのみたい
そうたのみたいのに
だまってわたしはごはんを食べつづけている
たのめばよかったんだ
ずっとむかしにもこんなことがあった
あのときに
たのめばよかったんだ
食べながら涙がこぼれてきて
しょっぱくなっていくごはんを
食べている
がたがたわたしの何かが鳴っている

※ 「しおっぱく」→「しょっぱく」── 1字改める。(04.5.26)

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猫殺しの妹



ねむいねむいねむい
気がつくとくずれている
くずれながら
くずれるなと思いながら
ねむい
猫殺しの妹にはなしかけられている
猫殺しの妹なんかと知りあいになってしまったのが
いやでいやでしようがない
猫殺しの妹はもうとっくに七十才を越えているのに
まっ黒な髪を長くたらしておさげに結っている
いやでいやでしようがないのに
にやにや歯出して
のどをくすぐられても
その手をはらうことができない
自分がいやでいやでしようがない
火風身世 何時
無 名 野 此所 戸
かぞえながら
ねむりにおちていく

〔注〕この猫殺しの妹というのは、ほんとうにいるのだ。以前、となりの家に住んでいた。わたしに、あれこれ実家のことなどきくので、いろいろ答えてから、おたくは?ときいたら、わたしの家はさむらいなの、と答えたきりで、あとは何もきくなというようなむっとした態度をとった。わたしはただお返しにきいただけだから、ああと言っただけで、その場は終った。が、いくらなんでもいまどきさむらいもないもんだと思って、よその人にきいたら、ああ、あの猫殺しの妹ね、と言った。その兄というのが、夜な夜なあっちこっち歩きまわって、猫をつかまえて皮剥いで、しゃみせん屋に売るのが商売なのだそうだ。猫殺しの妹は、ほんとに、とっくに七十才を越してる今でも、まっ黒な髪を長くたらしておさげに結っている。と、ここまで書いてきたら、なんだかさっき書いた詩よりも、こっちの方が面白いような気がして、ちょっとふくざつ。2004年5月8日

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手紙



椅子を両手でかかえて階段を上っている
上へ出たらこの椅子にかけよう
そう思いながら上っている
肩に水のいっぱい入った水筒を掛けている
上へ出たらこの水を飲もう
そう自分に言い聞かせながら上っている
笛が鳴った
あの鳴り方は
上はいちめん菜の花のさかりなのだろう
少女のあけっぱなしな泣き声がする
もう少しだ
そう言えばずいぶん長いこと
郵便箱をのぞいていない
手紙は来てるだろうか
階段が急勾配になってくる
かかえた椅子が重い
水筒も重くなってくる
もう少しだ
また笛が鳴った
あの鳴り方は
菜の花はみんな散ってしまったのだろう
手紙は来てるだろうか
それからいくらたっても笛は鳴らない
上はまだ明るいだろうか
手紙は来てるだろうか
少女の泣き声が
だんだんかすれてくる
上へ出たら
まず郵便箱をのぞこう
手紙は来ているかもしれない






棚の上の古い箱の中から声がした
それを下ろそうとした拍子に足がすべってころんだ
床がエスカレーターのように動いている
箱をかかえて変なかっこうのまま
わたしはどこかへ運ばれていく
箱の中からまた声がした
あけようとしたら蓋の部分が見あたらない
これは箱ではなく
声をとじ込めた四角い物体なのだ
いつからこんなものがあったのだろう
手に入れた記憶も置いた記憶もない
声は知った人のようなだれかに似ているような
少し悲し気な間のびした声だ
あああああ…としか聞こえないが
ほんとは意味のあることを言っているらしい
あああああ…
よく聞くとそれはわたしの声のようだ
自分で自分の声をちゃんと聞いたことはないが
これはわたしの声だ
あああああ…

腕が痛くなってきたので
物体を下に置いた
そっと置いたつもりなのに
二つに割れた
中はからっぽだ
ただ、あああああ…という声が
煙のように立ちのぼって
消えていった
わたしの何がとじ込められていたのだろう
ほんの少し気が楽になったが
さみしくもなった
あの声は何を言っていたのか
とうとうわからないまま

床の動きも
いつの間にか止っている

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舟がくる





くらやみの中で
ねむれないでいると
舟がくる
気がつくとわたしが乗っている
舟は動いていく
あたりの風景に見おぼえがあるうちは
心がはずんでいるほどだ
だんだん知らない風景になる
舟の速度が増してくる
不安になりはじめる
怖くなる
とうとうがまん仕切れなくなって
大声で叫ぶと、だれかきて
ゆめだからゆめだからと言ってくれる
それでわたしはやっとねむれる

あれはいくつ位までのことだったのだろう
この頃またあの舟がくる
舟は初めから見知らぬごつごつした風景の中をいく
その途中でわたしはねむってしまう
舟はどこまで行ったのだろう
朝になって気がつくと
わたしがなんだか少なくなっている

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一枚





一枚 かがんだり
ぴっ、と広がったりしながら
自分をたたむ
それがなかなかうまくいかなくて
折目があっちこっちにいっぱいできている
途中でだれかが入って来たりすると
大急ぎでもとのようにくしゃくしゃにまるまって
隅の方にうずくまる
そして出て行ったあと、また初めから
ゆっくりほぐれて
かがんだり
ぴっ、と広がったりをくりかえすのだ
めったにちゃんとたたまることなどない
でも、たまには自分で
まあこんなものかなと思えるくらいにたたまるときもある
そんなときはうれしくなってあたりを見まわすと
きちんとたたまれたものが行儀よく重なって
幾列も並んでいる
わたしが入れる隙はない
しかたないから
またもとのようにくしゃくしゃまるまって
結局、隅の方にうずくまる

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商店街の
人がいっぱい歩いている中で
ある店の中にいるそこの店主らしい大男に
わたしは外から大声でものを言っている
それはぜったい声に出して言ってはいけないどころか
決して心に思ってもいけないような危険な事だ
と思いながら
自分の言っていることの怖ろしさにふるえながら
言葉はあとからあとから止めどなく出てしまう
店の中の大男からも言葉が返ってくる
わたしたちはこんな怖ろしいことを
こんな大声出してしゃべっているのに
だれひとり立ち止まらないし
気に留めるふうの人もない
ずいぶん長いことしゃべりあって
へとへとに疲れて
うちへ帰ると
わたしはひとり暮しなのに
あったかい食事が用意してある
それはわたしの作っていたものに見た目には似ているが
口へ入れるとぜんぜん知らない味だ
それでもわたしはそれを食べる
食べているうちに
これがわたしの味のような気がしてくる
少し残す
あしたの朝食用にだ
それからすぐふとんに入ってぐっすりねむる
次の朝、目が覚めると
疲れはとれている
きのうの残り物を食べていると
言いたいことが次から次から湧いてくる
だから大急ぎで食べて
あの場所へ行くのだ
わたしたち二人がしゃべりあう怖ろしい事は
だれにも気にも留められないようでいて
どこかでちゃんと実行され
処理されているらしい
あの大男よりもっと大きな大きな
わたしたちは見たこともない
わたしたちの雇主の手でだ

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そういう袋



わたしもそういう袋を持っている
腹がへるとその中の一匹を
まるごとなべに入れて煮て喰うのだ
食事のあいだじゅう
その一匹のためにどれだけ苦労させられたか
あれこれ余計な事まで思い出して
腹立てながらずすりずすり汁まで吸う
土を耕すときはその中の一匹を牛代りに鋤を引かせる
出かけるときもその中の一匹を馬代りに車を引かせて乗って行く
なんの役にも立ちそうもないものは引っぱり出して捨てたりもした
そういうときは何か腹立たしくてやりきれないときだ
わたしはいつもたいてい腹を立てている
そしていま
いちどもわたしにつかまったことのない一匹が
太りすぎてしまって袋が破れて逃げ出した
わたしそっくりに腹立てながら
逃げていく
あとにへんてつもない破れた袋が一つ
へんに静かに
ある

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うわさ



あまいたち? 知ってるよ あまいたちは 電気のようにすばやくくるそうだ むかしの かまいたちの子孫だそうだ かまれたら そいつの残した唾液に蟻がたかって ひとり全部 蟻に喰われてしまうそうだ うわさだよ

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あづき飯



帰ったらあづき飯を炊いて食べよう
そう思いながら歩いている
あづきはなまのままでもよかったんだっけ?
わすれている
なまの米となまのあづきをいっしょに炊いてよかったんだっけ?
帰ったらあづき飯を炊いて食べよう
むしょうにあづき飯が食べたい
暗い道をただそう思いながら歩いている

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ざくろ



自分が落ちた音で目が覚めた
見上げると
ざくろの木がある
から わたしはざくろの実なのだろう
小さな木だ
他にもう実はない
わたしがたったひとつの
初めての実なのだろう
わたしだって
こうして落ちても放って置かれるということは
だれにも期待もされない
食べられるほどのものではないということだ
なのに
なんで木はあんなに一生懸命だったんだろう
なんでわたしまであんなに一生懸命だったんだろう
風が吹いて
木はびりびり言っている
折れそうだ
折れてしまえ
わたしはこのまま
自分が腐っていくのを見きわめるだけだろう

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ねようと思って
でんきを消しても
消えない
スイッチを押せば押すほど明るさを増す
そしてとうとう
目もあけてられないほどまばゆくなってしまった

ここは遠い所になってしまったんだからね
しずかに眠りたかったら家へ帰ってねるしかないのよ
と、でんきが言っている
家というのもおこがましいが
いまはここがわたしの住いだからね
どこへ帰れというのよ
外へ出ようにも目が痛くて
戸口もさがせない
うずくまって
闇をおもう
その闇へ入る
その闇に慣れる
もうすこしで家へ着く
もうすこしで
わたしが家へ着いたら
でんきも消えるのだろう
ほんとの闇が
くるだろう

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死人帽



白い紙で折った死人帽をかぶったひとが
舟に乗せられて流れていく
そういうここのしきたりなのだ
何か言わなければと思うが
さようならでは冷淡すぎる気がするし
気をつけてとかお元気でではかえってわるい
ただ名前を呼ぶだけにしようと思って
声を出そうとしたとたん
口がひきつって言葉にならない
ひきつった口をあけたまま
だまって見送っている
舟はだんだん遠ざかっていく
麻の単を着ている
だれが縫ったのだろう
死人帽はおなじ人が折ったのだ
そういうことはみんな
むかしからきまっていることなのだ
舟はもう行ってしまう
さようなら
やっぱりそれでいい
そう思ったとたん
口がなおって軽くなった
さようなら
もうそれしかないのだ

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「結界」「首枷」2003.5.12.
「………」2002.6.草稿、2003.5.13.完稿
「居直り」2002.6.21.草稿、2003.5.13.完稿
「混沌」「闇」2003.6.6.出
「話だけど」「バジル」「目鏡」2003.6.13
「木霊」2003.11.1.
「さんぽ」2003.11.2.
「食物」「そういう病気」2003.11.6.
「石の卵」2003.11.11.
「残像」2003.11.11.
「歯痛」2004.1.19.
「皿に」2004.2.11
「手紙」2004.5.18.
「声」2004.7.6.
「舟がくる」2004.7.6.
「一枚」2004.8.10.
「影」2004.8.12.
「そういう袋」2005.5.19.
「うわさ」2005.5.19.
「あづき飯」2005.2.7.
「ざくろ」2005.6.9.
「家」2005.6.27.
「死人帽」2005.8.2.

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